大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和55年(あ)629号 判決 1983年9月06日

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

弁護人後藤昌次郎、同兼田俊男、同平賀睦夫、同安岡清夫、同伊藤まゆ、同田賀秀一の上告趣意のうち、最高裁昭和三〇年(あ)第三三七六号同三三年五月二〇日第三小法廷判決・刑集一二巻七号一四一六頁及び昭和四二年(あ)第一一九二号同四三年一一月二六日第三小法廷決定・刑集二二巻一二号一三五二頁を引用して判例違反をいう点は、原判決はなんら所論引用の各判例と相反するものではないから、所論は理由がなく、最高裁昭和三七年(あ)第三〇一一号同四〇年四月二八日大法廷判決・刑集一九巻三号二七〇頁を引用して判例違反をいう点は、所論引用の判例は所論の点につきなんら判断を示していないから、所論は前提を欠き、最高裁昭和四五年(あ)第一七〇〇号同四七年一二月二〇日大法廷判決・刑集二六巻一〇号六三一頁を引用して判例違反をいう点は、所論引用の判例は本件と事案を異にして適切でなく、憲法三七条一項の迅速な裁判の保障条項違反をいう点は、記録を検討しても、本件において右保障条項に反する異常な事態が生じているとは認められないうえ、本件第一審判決を破棄し事件を東京地方裁判所に差し戻すべきものとした原判決が右の異常な事態をもたらすべきものとも認められないから、所論は前提を欠き、その余は、憲法三一条、三三条、三七条一項、三九条違反をいう点を含め、すべてその実質は単なる法令違反の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

しかしながら、所論にかんがみ職権をもって調査すると、原判決は以下に述べる理由により破棄を免れない。

記録により明らかな本件審理の経過は次のとおりである。

被告人佐村は、「(一) 被告人は、昭和四三年九月二日東京地方裁判所民事第九部が債権者学校法人日本大学の申請により行った、債務者たる日本大学全学共斗会議、日本大学経済学部斗争委員会等所属の学生らに占拠されていた東京都千代田区三崎町一丁目三番所在同大学経済学部一号館等につき、債務者らの右建物等に対する占有を解いて債権者の申立をうけた東京地方裁判所執行官にその保管を命じ、執行官は債権者にその使用を許さなければならない等四項目の仮処分決定に基づき、同月四日、同地方裁判所執行官田中利正外三名及び同職務代行者金子和喜が、民事訴訟法第五三六条第二項の規定により援助を要請した警視庁機動隊所属の警視三沢由之ら約六七〇名の警察官の援助のもとに、補助者都築幸次外七名を使用して前記経済学部一号館に対する右仮処分の執行を行った際、同建物を占拠していたほか数十名の学生らと共謀のうえ、同日午前五時二〇分ころから同六時一五分ころまでの間、右経済学部一号館周辺において前記各職務に従事中の執行官及び警察官らに対し、同建物内二階ベランダ、三・四階窓及び五階屋上等から石塊、コンクリート破片、牛乳空びん、椅子等を投げつけ、あるいは放水するなどして暴行を加え、もって右執行官及び警察官らの前記各職務の執行を妨害した(本判決においては、以下、甲事実という。)、(二) 被告人は、昭和四三年九月四日早朝、さきに日本大学の申請により東京地方裁判所民事第九部がなした前記仮処分決定の執行のため同大学経済学部一号館に赴いた同地方裁判所執行官一行のうち、都築幸次らが同館北側一階エレベーターホール窓から右仮処分の執行を開始した際、右執行官よりの援助要請に基づき出動中の警視庁第五機動隊長警視青柳敏夫指揮下の同機動隊第四・三・二中隊所属の警察官約一三〇名が、右執行を援助するため同館北側幅約八〇糎の路地内から右一階エレベーターホール窓を破壊して同館内に進入しつつあるのを認めるや、同館五階北側窓付近に来合わせたほか数名の学生らと共謀のうえ、前記警察官らの右職務の執行を妨害しようと企て、同日午前五時三〇分ころから同五時五〇分過ぎころまでの間、同館五階エレベーターホール北側窓から、かねて同所付近に準備してあった重さ数キログラムから一〇数キログラムに及ぶレンガ・コンクリート塊、コンクリートブロック塊等数十個を、同館内に逐次進入するため右路地内に密集していた前記警察官らめがけて激しく投下し、もって前記警察官らの職務の執行を妨害し、その際、同機動隊巡査森岡康ら一八名に対し、加療約一週間乃至一〇か月間を要する(ただし田北弘道については完治不能)頚椎骨折・同捻挫等の傷害を負わせ、巡査部長西條秀雄(当時三四年)に対しては左前頭部頭蓋骨骨折・脳挫傷の傷害を負わせたうえ、同人をして同月二九日午前一一時ころ同区富士見二丁目一〇番四一号東京警察病院において、右傷害に基づく外傷性脳機能障害により死亡するに至らしめた(本判決においては、以下、乙事実という。)」との二個の事実について、被告人佐村を除くその余の被告人五名(被告人米丸、同太田-旧姓沢田、以下、被告人太田という-、同平野、同坂井及び同塙)は、右乙事実のみについて、それぞれ公訴を提起されたものである。

ところで、右乙事実に関する訴因がいわゆる現場共謀に基づく犯行の趣旨であることは起訴状における公訴事実の記載から明らかであるうえ、検察官は、第一審審理の冒頭において、右訴因が現場共謀による実行正犯の趣旨である旨及び乙事実は甲事実とは別個の犯罪である旨の釈明をし、その後約八年半に及ぶ審理の全過程を通じて右主張を維持したので、乙事実に関する第一審における当事者の攻撃防御は、検察官の右主張を前提とし、その犯行の現場に被告人らがいたかどうかの事実問題を中心として行われた。

第一審裁判所は、審理の最終段階において、被告人太田、同塙の両名については、乙事実の被害者である警察官一九名が負傷した時間帯である昭和四三年九月四日午前五時三〇分ころから五時四五分ころまでの間に同事実の犯行現場である五階エレベーターホールにいて犯行に加担したと認めるに足る証拠がなく、また、その余の被告人らについては、同日午前五時四〇分以前に右現場にいて犯行に加担したと認めるに足る証拠がないとの心証に達し、前記訴因を前提とする限り被告人らを無罪又は一部無罪とするほかないものの、乙事実の訴因を右現場共謀に先立つ事前共謀に基づく犯行の訴因に変更するならばこれらの点についても犯罪の成立を肯定する余地がありうると考えて、裁判長から検察官に対し、第五四回公判において、甲・乙両事実の関係及び乙事実の共謀の時期・場所に関する検察官の従前の主張を変更する意思はないかとの求釈明をしたところ、検察官がその意思はない旨明確かつ断定的な釈明をしたので、第一審裁判所は、それ以上進んで検察官に対し訴因変更を命じたり積極的にこれを促したりすることなく、現場共謀に基づく犯行の訴因の範囲内において被告人らの罪責を判断し、被告人太田、同塙に対しては乙事実について無罪の、その余の被告人らに対しては前記五時四〇分過ぎ以降に生じた傷害、公務執行妨害についてのみ有罪(ただし、被告人佐村に対しては甲事実についても有罪)の各言渡しをした。

これに対し、原判決は、被告人佐村を除くその余の被告人らに対する関係では、乙事実の訴因につき訴因変更の手続を経ることなく事前共謀に基づく犯行を認定してその罪責を問うことは許されないものの、本件においては、右訴因変更をしさえすれば右被告人らに対し第一審において無罪とされた部分についても共謀共同正犯としての罪責を問いうることが証拠上明らかであり、しかも右無罪とされた部分は警察官一名に対する傷害致死を含む重大な犯罪にかかるものであるから、第一審裁判所としては、検察官に対し、訴因変更の意思があるか否かの意向を打診するにとどまらず、進んで訴因変更を命じ、あるいは少なくともこれを積極的に促すべき義務があったとし、右義務を尽くさず、右被告人らについて乙事実又はその一部を無罪とした第一審の訴訟手続には審理を尽くさなかった違法があるとして、右被告人らに関する第一審判決を破棄し、被告人佐村に対する関係では、同被告人については事前共謀に基づく一連の抵抗行為のすべてが訴因とされているとみるべきであるから、同被告人は、右抵抗行為中に含まれる乙事実につき仮にその実行行為の一部に加わっていなかったとしても共謀共同正犯としての責任を免れないとし、第一審判決が同被告人の事前共謀に基づく本件建物における一連の犯行を認めながら乙事実の一部を有罪としなかったのは共同正犯に関する刑法六〇条の解釈ないし適用を誤った違法があるとして、同被告人に関する第一審判決を破棄し、全被告人につき事件を東京地方裁判所に差し戻す旨の判決を言い渡したものである。

思うに、まず、被告人佐村を除くその余の被告人らに対する関係では、前記のような審理の経過にかんがみ、乙事実の現場共謀に基づく犯行の訴因につき事前共謀に基づく犯行を認定するには訴因変更の手続が必要であるとした原判断は相当である。そこで、進んで、第一審裁判所には検察官に対し訴因変更を命ずる等の原判示の義務があったか否かの点につき検討すると、第一審において右被告人らが無罪とされた乙事実又はその一部が警察官一名に対する傷害致死を含む重大な罪にかかるものであり、また、同事実に関する現場共謀の訴因を事前共謀の訴因に変更することにより右被告人らに対し右無罪とされた事実について共謀共同正犯としての罪責を問いうる余地のあることは原判示のとおりであるにしても、記録に現われた前示の経緯、とくに、本件においては、検察官は、約八年半に及ぶ第一審の審理の全過程を通じ一貫して乙事実はいわゆる現場共謀に基づく犯行であって事前共謀に基づく甲事実の犯行とは別個のものであるとの主張をしていたのみならず、審理の最終段階における裁判長の求釈明に対しても従前の主張を変更する意思はない旨明確かつ断定的な釈明をしていたこと、第一審における右被告人らの防御活動は右検察官の主張を前提としてなされたことなどのほか、本件においては、乙事実の犯行の現場にいたことの証拠がない者に対しては、甲事実における主謀者と目される者を含め、いずれも乙事実につき公訴を提起されておらず、右被告人らに対してのみ乙事実全部につき共謀共同正犯としての罪責を問うときは右被告人らと他の者との間で著しい処分上の不均衡が生ずることが明らかであること、本件事案の性質・内容及び右被告人らの本件犯行への関与の程度など記録上明らかな諸般の事情に照らして考察すると、第一審裁判所としては、検察官に対し前記のような求釈明によって事実上訴因変更を促したことによりその訴訟法上の義務を尽くしたものというべきであり、さらに進んで、検察官に対し、訴因変更を命じ又はこれを積極的に促すなどの措置に出るまでの義務を有するものではないと解するのが相当である。

そうすると、これと異り、第一審裁判所に右のような訴因変更を命じ又はこれを積極的に促す義務があることを前提として第一審の訴訟手続には審理を尽くさなかった違法があると認めた原判決には、訴因変更命令義務に関する法律の解釈適用を誤った違法があるというべきであり、右違法は判決に影響を及ぼし、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。

次に、被告人佐村に対する関係では、乙事実の訴因は、その余の被告人らの場合と同じく現場共謀に基づく犯行の訴因であり、甲事実の訴因は、右乙事実の訴因とされている犯行部分を除くその余の部分に関する、右現場共謀に先立つ事前共謀に基づく犯行の訴因であるところ(なお、乙事実の訴因とされている犯行部分が右事前共謀に基づくものとして予備的ないし択一的関係において主張されているという事実は認められない。)、右乙事実の訴因につき右事前共謀に基づく犯行を認定する場合に訴因変更の手続を必要とすることはその余の被告人らの場合と同様であって、右訴因変更手続を経ない限り、乙事実の訴因中被告人佐村が同事実の犯行現場である本件五階エレベーターホールにいて犯行に加担したと認めるに足る証拠のない部分について事前共謀に基づく罪責を認めることは許されないと解されるから、右訴因変更手続を経ないまま、同被告人につき事前共謀に基づく一連の抵抗行為のすべてが訴因とされていることを前提として第一審判決には共同正犯に関する刑法六〇条の解釈ないし適用を誤った違法があると認めた原判決には、訴因の範囲に関する判断を誤った違法があるというべきであり、右違法は判決に影響を及ぼし、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。

よって、刑訴法四一一条一号により、全被告人に関する原判決を破棄し、さらに審理を尽くさせるため、同法四一三条本文により、本件を原裁判所である東京高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安岡滿彦 裁判官 横井大三 裁判官 伊藤正己 裁判官 木戸口久治)

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